1、認知症対策としての信託
最近、高齢の親が所有している財産を、息子である自分が代わって管理・処分がしたいというケースが特に多い。しかし、親の判断能力が低下し、施設に入ってしまった後では、親名義の自宅の管理・処分ができなくなる恐れがある。そこで、元気なうちに信頼できる子との間で、自分名義の財産の管理・処分は子に頼むという信託契約を結んでおけば、自分の判断能力が低下した後も財産が凍結してしまうことを防ぐことができる。
ケース1
・もう自分も高齢になってきたので、近い将来施設入居後、住んでいた家を賃
貸・売却して施設費用にあてたい。
近くに住んでいる長男がおり、週に1、2回訪問していて、母が自分の介護を長男に任せる意向がある。
長男との間で、指定した財産(信託財産という)を長男にを任せる、という信託契約を結ぶ。
【信託内容】
委託者(信託財産を託す人) 母
受託者(信託財産を託される人) 長男
受益者(信託財産からの利益を受ける人)母
信託財産(預ける財産) 自宅、一部の金銭
信託契約終了事由 母の死亡
帰属権利者(残った信託財産をもらう人)長男
信託契約により長男には、契約締結の時から母が死ぬまでの間、信託財産(自宅、一部の金銭)の処分権限が与えられる。この処分権限は長男の意思のみにより決定できるため、母の認知能力に左右されない。ただし、母の利益ために処分・管理しなければならない。
また、信託契約終了時残った財産は、遺産分割にかかわらず、帰属権利者が取得することができる。
〈効果〉
・外見としての所有権は長男に移転するが、母の利益ために管理するので贈与税なし
・母の意思判断能力が低下し、判断できなくなりつつある状態でも、信託契約の内容に沿って、数年にわたっての日常生活費の送金、自宅の管理や修繕が可能
・また、認知機能がさらに低下し施設入所後でも、自宅売却・活用が可能
・売却代金も信託財産になるので管理運用が可能
ケース2-1(自宅が夫単独名義)
・自分が亡くなったら、妻に自宅を相続させて、自分の死後も安心して暮らし
てほしい。だが、妻も高齢のため自宅の管理ができるか心配だ。
父の他界後に、遺産分割をする際、母の判断能力がないとき、母に成年後見人をつけ、成年後見人が母に代わり遺産分割協議に参加することになると、裁判所の介入を伴うので、柔軟な財産分割できない恐れがある。
近くに住んでいる長男がおり、週に1、2回訪問していて、今後、家族全体のことを長男に任せる意向が父にある。
長男に下記の信託財産を託す信託契約を結ぶ。
【信託内容】
委託者 父
受託者 長男
第1受益者 父
第2受益者 父死亡後は 母
信託財産 自宅、金銭
信託契約終了事由 父及び母の死亡
帰属権利者 長男
〈遺言で妻へとのみ対処していた場合〉
相続した妻が認知症になってしまうと・・
・妻が自宅を管理できず、空き家になってしまう可能性
・判断能力なしでは遺言を書くこともできないので、妻死亡後の争族の危険性
〈効果〉
・ケース1同様、常に両親の判断能力に左右されずに長男が管理し続けられる。
・父が生きている間は、父の利益のため、両親の介護や家の管理、生活費の支出
を代わりに行う。
・第二受益者を母と定めることにより父死亡時点から、長男は今後母のために自宅の管理・処分が可能になる。
・また、信託財産は遺産分割の対象から外れるので、遺言と同じような効果もあり、母の認知症対策もしつつ自宅に住まわせることができる。(一部例外あり)
・つまり、父死亡後の母の安心した生活を確保するとともに、財産を凍結させることなく、一貫して柔軟に利用し続けられる。
ケース2-2(自宅が夫婦共有名義)
父は長男に下記の信託財産を託す信託契約を結ぶ。・・・①
【信託内容】
委託者 父
受託者 長男
第1受益者 父
第2受益者 父死亡後は 母
信託財産 自宅(持分1/2)、金銭
信託契約終了事由 父及び母の死亡
帰属権利者 長男
さらに、母も長男へ自宅持分を託す信託契約を結ぶ・・・・②
【信託内容】
委託者 母
受託者 長男
第1受益者 母
第2受益者 母死亡後は 父
信託財産 自宅(持分1/2)
信託契約終了事由 父及び母の死亡
帰属権利者 長男
※2つの信託契約で補いあう
〈効果〉
・夫婦共有名義になっている場合、夫婦それぞれで持分に関して、長男との信託契約を結ぶ。これによって、両親の死亡により長男へ財産が一元化される。
・また、両親の判断能力が低下した後の、身上監護や日常の支払いなどの財産管 理を長男へ任せることができる。
・また、生前に円満に話し合いを行っておくことで、父死亡時、母死亡時にそれぞれ行われる遺産分割で争いや、複雑な共有状態になるリスクを回避することができる。
・共有名義の不動産管理も長男の単独の判断で行えるため、諸手続きがスムーズになる。
二次相続
ケース3
・自分の死後、自宅を妻に渡したい。ただ子供がいないので、妻死亡後は、妻の兄弟ではなく、自分の家系の甥に相続させたい。
甥に信託財産を任せるという信託契約を結ぶ
【信託内容】
委託者 夫
受託者 甥
第1受益者 夫
第2受益者 夫死亡後は 妻
信託監督人 信頼している第三者、弁護士司法書士等
信託財産 自宅、金銭
信託契約終了事由 夫婦の死亡
帰属権利者 甥
〈効果〉
・現段階で贈与してしまうのではなく、信託契約を結ぶことで、自分の面倒、自分の死後の妻の面倒、家の管理・修理をしてもらった後に、甥へ渡すことが可能
・不動産の売却・賃貸禁止の旨を入れておくことで、妻の安心できる老後を確保
・信託監督人により、甥のふさわしくない行為を監視することが可能
・子供がいないので、夫、妻の順で死亡した場合、妻の相続人は妻の兄弟であるため、妻が承継した財産全てを妻の家計が取得することになる。帰属者を甥と定めておくことで、回避可能(遺留分に注意)