大連BPOツアー その2

朝5:40に起きてシャワーして6:30に朝食に行く。

7:15には出発。
ただし、企業のスタッフの様子は、ほとんど撮影禁止で写真は撮れなかった。

まずは、カムソンという日本語教育付き人材紹介事業の会社を訪問。

二番目に大宇宙設計開発という総務、経理、人事などを対象としたBPO事業会社。

三番目にアルパインのアウトソーシングを受けているNEUSOFTという企業。
中国でも有数の規模の会社で習近平氏と社長との写真を飾っていた。
セキュリティソフトNortonのコールセンターもやっていた。

午後からは中国最大規模の高級老人ホームを展開している会社。
スケールが違います。
2016年から4年がかりで建築中でほぼ1/3が完成。
敷地30万平米。全体が完成すれば収容人数7000人。
55歳以上が対象で家族用のホテル、映画館、図書館、老人用の大学も完備する
レストランはビュッフェ形式で800名に対応。
値段は、2LDKで一人12000元(約20万円)かなり高級である。


最後は、BPO,CAD、DTPのアウトソーシング事業会社。
OCNの入会処理をアウトソーシングされている。
日本でお客さまが記入した紙をスキャンして送信して3分以内にデータ入力して完了させるらしい。

ミサワホームのCADを請け負っていたり、セブン銀行のデータ入力を請け負っていた。

何よりの成果は、参加されていた方たち(弁護士2名、社労士5名、税理士3名、行政書士1名、企業系7名)の前向きに取り組む姿勢に刺激されたことでした。
70歳近い方も今後の事業に何かプラスしたいという思いで参加されていて、学ぶべきことがたくさんありました。

若い弁護士からはBNIを教わりました。
東京ではビジネス・ネットワーク・インターナショナルなる週一の早朝勉強会が盛んで、ベンチャーや士業、保険、不動産などのビジネスマンがお互いに紹介しあう組織。
一週間に一人は誰か必ず紹介する仕組みのようである。
ビジネスのみに特化している。

先輩からも若い人からもたくさん元気をいただいたツアーでした。

最終日の夜は、懇親会で白酒(バイチュウ)なる52度のお酒でかなり酔ってしまいました。
中国の人はお酒強い、、、、


大連BPO視察ツアー その1

3月21日から23日まで中国の大連にBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)視察のツアーに参加してきました。
企画をしていただいた社労士のM先生ありがとうございます。

朝10時に出発して現地に12時(時差1時間)に到着しました。

空港から市内までの車内から見る初めての大連は、大都会でした。
人口は約600万人。
横浜市372万人、大阪市269万人、名古屋市229万人を見比べると、どれくらい都会か推測できる。

さらには立ち並ぶ多くの建物は見ごたえがあった。

初日は、日本へ人材を送りだしている高等専門学校(工業系の高校ではあるがレベルが高い)を訪問しました。
生徒数6000人とさすがに中国である。
女性の校長先生が親切に対応してくれた。

その後DLSPというIT開発地区を訪問した。

リンゴ畑を開墾して1998年から20年でITビルを30棟以上建てソフトウェア産業に注力して今では7万人が働く。
給与計算、コールセンターなど日本企業からのアウトソーシングを受ける事業と日本語教育した人材を日本へ送り込んでいる。
その人材は企業からリターンしてアウトソーシング事業に携わっている。

最初は月給6000元(10万円)、5年後は20,000元(32万円)
年収は13か月。

上海よりも安くまだまだ日本よりは安いようです。
何より中国一の親日都市で、日本語を学びたい若者がまだたくさんいるらしい。

翌朝は7:15出発で5社回る予定でかなりハードスケジュール。



「50代からの稼ぐ力」 大前研一 著

50代ももう後半に差し迫ってきてしまった。

何ということであろうか、、、、我ながら驚いている(笑)
若手税理士と言われてはや30数年、こんなになってしまった。と、個人的なことはさておき、長寿時代に入ってきている。
そんな中で年金制度は崩れ、当然ながら自分のことは自分で何とかしなければならない時代である。

たくさん蓄えのある人は別格ではあるが、普通の人は何歳まで稼いで行けるが勝負である。
収入が年金だけになって100歳まで長生きするリスクに備えなければいけない。

このタイトルが気になって読んでみた。少し紹介しましょう。

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若者に共通する特徴は、物欲や出世欲があまりなく、内向き・下向きで出不精なことである。
一例は、地元のショッピングモール1か所で日々の暮らしを完結させる「イオニスト」や「ららぽーたー」と呼ばれる若者たちだ。
彼らは自宅の半径20キロ圏内だけで行動し、社会人になっても中学・高校の友人や仲間が交友関係の中心で、その人たちにしか関心がない。

一方、現在の40代・50代は80年代のバブル景気を謳歌したり、その余韻に浸っていたりした世代である。
全てが右肩上がりで円高の影響もあり、海外旅行に出かけたり、舶来の高級ブランド品などを身に着け楽しむ生活を満喫しながら、「行け行けどんどん」でやってきた人たちだ。
今から20年後60代・70代になってもその気になれば、下の世代がアグレッシブではないだけに、相当活躍できるのではないかと思うのである。

<明確なライフプランを定める>
日本人の多くは、学校で社会に出た後の「生き方」を教えてもらう機会がない。
教師と言うのはもともと学校の外で仕事をしたことがないので、教えられるはずもない。
そのため多くの人が「自分はこういう人生を送りたい」というライフプランを持っていない。
したがって、大半の日本人は「漠たる将来の不安」を感じ、老後にお金があっても人生を楽しむためにお金を使わず、更に貯蓄に励むので「死ぬ瞬間が一番お金持ち」になっている人が少なくない。

人生について、家族でディスカッションすることも大切だ。

<月15万円を目標に稼ぐ>
ファイナンシャルプランを組み立てるときに肝に銘じるべきは、「自営」が「自衛」につながる、ということだ。

自分で稼ぐ力=キャッシュを作り出す力を磨くべきである。
いろんなことに積極的にチャレンジして「会社のため」ではなく「自分のため」に定年後の売り物になるスキルと経験を、(なるべき会社の舞台を生かしながら)磨けば良いのである。

<稼げるビジネスはこれだ>
・借金しないで不動産ビジネスを始めるー民泊、エアビーアンドビー、インバウンドがねらい目
・外国人観光相手のガイドビジネス
・成長する葬祭ビジネスーお坊さん便
・食ビジネスで地方創生ー美食の町
・茨木県を人気県にする方法

<ダメなもの>
・金融機関に運用を一任する「ファンドラップ」には手を出すね
・アパート経営はもっとダメー長期の家賃保証などありえない
・リート投資に上がり目なし
・仮想通貨の危険性

<人に投資せよ> 
自分に投資せよ、スキルを磨け


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なるほど。会社にいるうちに独立できるスキルを磨け、とうことです。
そんなスキルがあれば会社も手放さないような気もします。言うは易しですが、、、

そうなると、わが社は定年後に企業する人たちへのサポートをするような税務会計、助成金、レンタルオフィス、事務派遣などの取り組みをすることも一つであろうか。
いや、何年かしたら自分もサポートされる側に回るのかもしれない。

いまからしっかりと自分のスキルを磨いて、経験を重ねていかなければ、、、ですね。

あっ、Sさん PもMもBも勝てませんよ。

今日、散髪屋さんで「吉井さんはあと10年ぐらいしたらどんな感じになってるんでしょうね」と言われた(笑)
それ、どういう意味じゃ~~~~

一途一心の野球道 山崎夏生 

先日ある例会で元プロ野球審判の山崎夏生先生の講演を聞きました。

とても感動する逸話ばかりでした。少し紹介しましょう。

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新潟の高校球児から北海道大学の野球部へ、ケガもありプロ野球への道をあきらめる。

でも野球が大好きで、なんとか野球に関わりたくてプロ野球記者なるべく日刊スポーツに入社するが、販売員を命ぜられる。しばらく勤務するが、あるプロ野球の試合を観に行ったときに「審判」の姿に魅せられて目指すことにする。

一軍のプロの審判は55名しかいない。

当時、誰かが辞めないと入れないし、ほとんどが元プロ野球選手か優秀なアマチュアの審判から上がってきた人ばかりでした。

パリーグ会長に日刊スポーツの名刺を持って会いに行き、直談判するも一蹴されるどころが「プロを舐めるな」と大ゲンコツを入れられる。しかし、審判の道を諦められずに日刊スポーツの社員を退職する。

体力を鍛え、目のトレーニングをしながらやっとプロの審判になれるが、契約書をよく見るとなんと年棒160万円。朝から夕方まで運送会社でバイトしながら夜は審判の生活が長く続いた。

妻に「あなた、早く一人前になってね」と言われた。後でわかったことではあるが、一人前の審判になってねという意味ではなく、当時体がデカい私は二人前も三人前もご飯を食べていたので家計を楽にするために食べる量を一人前にしてください、ということだったようだ(笑)

ようやく一軍のプロの審判になれるが、誤審が続き自分は向いていないのではないか、と何度も自問自答する。センスのある後輩審判に抜かれていく、、、素質の違いも見せつけられる。

しかし、そこで

本番で80%の力しか出せないのであれば、125%の実力つけられれば100%になる、と割り切り普通の人の2倍3倍の練習をした。やっとボールが線で見ることができようになった。自分なりに「これだ」をつかんだ気がした。自信もできた。

それでもある時、3塁審の時にファールをホームランと判定する。

監督がベンチから飛び出し「今のはファールだろ」ともみ合う、、、23分間中断。当時はビデオ判定のリクエストなんてない。抗議が5分以内のルールもない。「他の審判に聞け」と言われるが、自分が一番近くで見ているし、他の審判も口出しはしない。それでも監督が引き下がらないので、監督に「退場」命ずる。家に帰ってからプロ野球ニュースでスローモーションの画像を様々な角度から見るとなんと「ファール」だった。自分にはポールをかすめたように見えたはずなのに。

自己嫌悪。俺はやはりだめなのか。その夜はその映像が頭から離れない。眠れない。

でもよく考えると、自分がたるんでいた。少しできるようになって慢心していた。野球の神様が怒って試練をくださったのだ。全て自分の責任。

3塁の塁審した翌日の試合は主審をするローテーションだった。三連戦なので同一カード。

球団から「山崎さん、抗議の電話が殺到している。今日は体調不良で休んではどうか」と言われたが、自分が蒔いた種、、、「お気遣いありがとうございます。でも自分はやります」と。

球場に入ると、案の定、罵声の嵐、そして「山崎、帰れ」コール。

審判することだけに集中してやり切った。仲間も「山ちゃん、良かったな」ねぎらってくれる。帰ると、妻が「お疲れ様」と声をかけてくれた。さらには、ふだん野球に興味がない、むしろ野球を嫌っていた二人の息子が仕事が終わってすぐに家に帰り試合をずっと観ていたらしい。「父さん、良かったよ」と言われた時には、私はその場で膝から崩れ落ちてオイオイと泣いて涙が止まらなかった。

こうして家族や仲間に支えられて一軍の試合1000試合出場も達成し、昨年審判業を引退した。さらには後輩の指導員まで任されることになっている。

感謝ばかりの人生です。

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本当に良い講演でした。失敗は隠さず、成功は謙虚に情熱をもって話される姿は一流のプロでした。本物です。

話の中で二つ学ばせてもらいました。

一つは、「努力は量である」こと、質を問うのは素質のある人で凡人は量が大事である。

もう一つは、「あきらめない心」。

これをまさに実践しつづけた山崎夏生先生の公演は、若い人たちにもっと聞かせてあげたいなあと思いました。ありがとうございました。

余談ですが、高校で野球をやっていたころ、二塁へ盗塁して自分では絶対に「セーフ」だと思ったのに『アウト』と言われ、「なに~~」と審判の方を睨みつけ食ってかかったことがあります。若気の至りとはいえ、申し訳ありませんでした。

「仕事がうまくいく話し方講座」 林 修 著

二冊買ったうちのひとつである。

なかなか人を褒めるのは苦手である。人から褒められるのも苦手である。

照れ隠しでなんか変な返しをしてしまう。

少し紹介しましょう。

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<社会人なら知っていて当然>

読み間違えやすい漢字。

他人事=たにんごと×

依存=いぞん×

早急=そうきゅう×

河川敷=かせんじき×

結構間違えています(笑) 正解は最後に。

<正しいことを言っても伝わるとは限らない>

コミュニケーションは始まる前に終わっている。

人は「権威」を感じる相手の話を聞こうとする。

人は見ようとするものしか見ない。聞こうとするものしか聞かない。ですから、まずは相手にどうしても聞く耳を持ってもらえるかを考えて、コミュニケーションを始めなくてはなりません。

この聞く耳を持っている状態とは、この人の言うことなら聞こうという状態です。これは言い換えれば、その相手に権威を感じているということになります。「正しい」から聞くのではなく、「聞こうと思う相手が言ってるから聞く」と言う関係の逆転が起こるのです。

では人はどういうところに権威を感じるかと言えば、これが人それぞれだから難しい。

人は自分と同じ価値観の人に権威を感じる。相手が優越感を持つ部分やコンプレックスを探せ。

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しかし、相手が本当に自分のことを心配してくれて言ってくれているなら、耳を傾けるのではないだろうか。

テクニカルなことではないように思います。

また、相手のことが好きであれば言うことに耳を傾けるとも思います。

ただ相手に耳を傾けてもらうために相手をほめて好きになってもらうということもありましたが、少しずれている気もします。

でも相手を褒めることは重要だと感じました。

最後に回答を

他人事=ひとごと

依存=いそん

早急=さっきゅう

河川敷=かせんしき

苦節27年 税理士合格

先日、15年前に弊社を退職したスタッフが「税理士に合格した」と訪ねてきてくれた。

入社したのが平成3年秋で私が帰岡して半年の頃で、初めて面接したスタッフである。

弊社に12年勤務して退職し、実家の兵庫県に帰って勉強していたようである。

正社員で働くと勉強時間が取れないので、工場のラインのバイトで定時に帰っていたらしい。

しかし、 何かを会得するには10,000時間かかるといわれていますが、 心が折れずにここまでよく頑張ったと思う。

入社した時に2科目合格していたが、あと3科目をそれから苦節27年、、、、現在55歳、言葉ではなかなか言い表せないが、実際には本当に大変なことだ。

当然に独身である。

兵庫で独立開業するらしいが、ゴールしたけれどまた税理士としてのスタートでもある。

着なれないスーツに真新しい革靴を履いて、軽トラに乗って帰っていきました。なかなかやるなあ~根性を見ました。

これからますますのご活躍、今まで我慢してきた分の幸せをお祈りし、応援しています。良かったなあ~~うれしい。

「林 修の仕事原論」 林 修 著

前回テレビで林先生に興味をもったので、本を読んでみた。

意外に尖っている。

外見もしゃべり方もソフトなのですが、考え方はハードである。

なかなか興味深い。

少し紹介してみましょう。

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<仕事といかに向き合うか>

自分が不運だと思う人は、向いていない仕事をしていないか疑うべきである。

正しい場所で、正しい方向で、十分な量をなされた努力は報われる。しかし、単なる努力不足であることがほとんどである。

やりたくない仕事を全力でやると、やりたい仕事に近づく。

運に巡り会いたいのならば、何でも引き受けてみるといい。

一流を目指すことからすべてが始まる。優秀な人は環境に文句を言わない。個人で勝負できる組織人を目指しましょう。

真の人脈は仕事を通してしか広がらない。そして、志の低い人とは距離を置く。

<必ず結果を出す人の対人力>

わかってほしいようにわかってあげる。

人はどんな人に好印象を抱き、どんな人の話なら聞きたいと思うものなのでしょうか?

「この人は、自分のことをよくわかってくれている」そう思ったとき、人は相手の話を聞こうと思うものです。補充すると、自分がわかってほしい様にわかってくれる。

<自己演出と自己管理>

飲み会で「昔はこうだった」という話が出たら即帰る。

僕が今すぐにやめた方がいい習慣と考えるものの一つが「惰性でコミュニケーションを取ることです。

いつもの店で、いつもの仲間と、いつもの話が始まったら帰った方がいいと思います。何も得るものがない時間ですから。

不運は続くと最初から思えば怖くない。不幸は「三人乗りの船」でやってくる。

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もう少し過激な内容もありますが、紹介は止めておきます。

結構尖っています。

ますます好きになりました。

個人的には、同じ仲間と同じ店も癒されますが(笑)

面白ネタとすると、林先生は「人間の顔の中で、眉毛が大事」だそうで、メイクさんに細かく指示をされているようです。

「林先生が驚く初耳学!SP」

先日テレビで林先生が高学歴ニートたちと議論を交わしている番組があった。

とても面白かった。

少し紹介してみましょう。

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社会で「できる人」とは「解決できる人」「創造できる人」である。

ニートたちは一旦就職したけれどやりたい仕事ではなかったので辞めて、したい仕事も現在ないからニートであると言う。家庭が裕福なんですね。

できる、できないで仕事を考えるのか、やりたい、やりたくないで仕事を考えるのか、どちらの軸で考えるのか?

もちろん、できることとやりたいことがマッチしていれば言うことはないのであるが、私はできることをした方がいいと思っている。

「やりたい」は偶然で、「できる」は必然なのだ。

やりたいことは、情報や環境で変化する。

アイヌのある人にどうなりたいか?聞いたら「素手で熊をやっつけられるようになりたい」と言う。

あなたはブロガーで生きていきたいと言うが、30年前に生まれていたらそんなことはきっと言わない。

下手の横付きでできないけどしたいからするよりも、できることをやったほうが世の中に貢献できる。

日本のルールは気に入らないし、自分が生まれた時から税金などのルールも決まっていて納得がいかないと言うが、ならば日本を出ていけばいい、もしくは日本のルールをあなたが変えればいいのであって、税金による道路や教育、病院などの恩恵を受けていて働かずに(税金も払わずに)公的施設を利用するのは虫が良すぎる。

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「自分は○○大学を出ているのに就職もできない、お金もないという生活にならざるを得ないのは社会が悪い」とあるニートが言っていたが、、、、、

空いた口が塞がらないとは、このことかと思った。

元々嫌いな仕事を好きになった人の方が一流や名人が多い、というのも妙に納得した。

テレビで完全に相手を論破しない林先生の奥ゆかしさにしびれた(笑)

もともと林先生は好きだが、理論に興味を持ち、本を2冊買って読んだが面白かった。また次回にご紹介します。

「サブスクリプション」 ティエン・ツォ 著

お正月に読んだ本のうちの一つです。

興味深い内容でしたので、少し紹介しましょう。

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<サブスクリプション・エコノミーの到来>

製品中心から顧客中心へ

あらゆるビジネスの目標は、ヒット商品を作り、できるだけ多く売り、固定費の負担を減らして儲けを増やすことであるという教えだ。私はこのモデルは終わった、変わったと論じた。

ビジネスの目標は、まず特定の顧客の欲求とニーズに着目して、そこに向けて継続的な価値をもたらすサービスを創造することだと主張した。

デジタルの世界で、何十億という消費者の関心が所有から利用へ加速度的に移行している。

<サブスクリプション・エコノミー損益計算書>

1、伝統的な損益計算書は、継続的に出たり入ったりする金額と、そうではない1回ごとに出入りする金額を区分していない。

それは、今ここにある1ドルと、今後10年間に渡って毎年入り続ける1ドルの間に違いはない、と言っているのに等しい。

2、営業及びマーケティング費用は、過去の販売に際しての支出額に等しい。

これまでの損益計算書は、過去を映し出す写真である。

サブスクリプション・エコノミー損益計算書は、将来に何が見えるかを記述するものだ。

年間定期収益(ARR)-解約―定期コスト(売上原価、一般管理費、研究開発費)=定期利益

定期利益―成長コスト(営業、マーケティング費)=純営業利益

新規年間定期収益+純年間収益=期末年間定期収益

来期の定期利益>成長コストであるならば、利益のすべてを成長コストにつぎ込むことを躊躇してはならない。

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確かに日本でも同じことが起こっている。所有から利用へ。定額制。

車の乗り換えし放題、ドリンク飲み放題、定期的に髭剃り、映画月一本定額、高速道路乗り放題などである。

我々の業界で言うと、「利用とは」何だろう?

そもそも経理部門の代行であったり、税務申告書の作成代行という意味では、わが社のマンパワーのレンタル利用であるかもしれない。もっと週に2~3日派遣するビジネスであろうか。

定額制であらゆることをやる、これも顧問料の発想である。

アメリカの弁護士は、自分の携帯電話番号を教えるのは、顧問料の追加料金が必要であることも聞いたことがあるが、、、、

サブスクリプション・エコノミーでの損益計算書は、同じ売上でもその期間でのスポット売上と毎年継続する売上と区分する考え方には、目からウロコ!でした。また、経費に関しても同期間に対応する経費と支出は来期以降にも対応する経費とを区分するのも素晴らしいなあと感じました。

そんな損益計算書をフォームを考えて作ってみようと思います。

以前にも書いたと思いますが、アデーレ法律事務所は最初の何年かは利益のすべてを広告宣伝費につぎ込んで、短期間にあれだけ成長したらしい。

ある事務所は、利益をすべて家賃に投入して、いい場所に移り事務所をブランディングしていった話にも共通する。

やはり伸びる人はやることが一味違います。

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

さて私事ですが、基本的に年賀状は出さないことにしている。
もうそうし始めて20年は経つ。
それでもいただいた年賀状には返すようにしている。

今年個人でいただいた年賀状は39枚。
うち写真や印刷以外にコメントの入った年賀状は8枚。

「元気やってますか?」

「またお会いしたいですね」

「またご指導よろしくお願いします。」

などその人の文字で見ると、顔を思い出し懐かしくなります。

私は、コメントない年賀状は出さないし、もらっても嬉しくない。
ただの儀式。PCがやってくれるだけ。
中でも自宅を建てたハウスメーカーの当時担当者は毎年くれるが、20年経っても電話ひとつ、コメントひとつ無い。
自分でフォローしたつもりになっているのかもしれないが、意味はない。
こうした自分ではやった気になっているが、相手には全く響いていないことが自分にもあるんだろうなと考えてしまいました。

事務所に来ている年賀状も目を通したが、コメントのあるものは少ない。

今年もバリバリ全開でやりまっせ!!おりゃあ~